大島有香子
高校生の頃、東武宇都宮線国谷駅の入り口に「猫」と書かれた段ボール箱を見つけた。捨て猫でも入っているのか?と思い箱を開けると、そこには茶色い中型の雑種犬が箱に押し込められていた。犬は青い首輪をしていて、とても綺麗な毛並みをしていた。きっと飼い犬だったのだろう。その犬はずっと目を開ける事なく、浅く息をしていた。血は出ていないが、私にはどうすることもできない状態だと察した。そっと犬を撫でた。知らない犬だったが自分の犬のように思えた。ただ私には撫でることしかできなかった。
自分のやるせなさのせいか、ずっと犬の出来事が頭から離れないままでいる。
当たり前だが、死んでしまった犬とは二度と会うことが出来ない。しかも数時間の出来事で、犬は目を開けることがなかったから、私を認知していないかもしれない。なのに私は犬の事をずっと覚えていて、生涯忘れることはなく記憶の中で思い出し続ける。思い出すたびに、犬は残酷な出来事の中に生き続ける。
ここ半年くらいそんな事を考えているうちに『何かをしなくてはいけない』という使命感を感じていた。だけど、『何か』とは何だろう?記憶自体を変えてしまうものや、魂の浄化や鎮魂のようなものは、本当にしてあげたい事とは少し違う気がした。私は国谷駅の犬に何をしてあげられるのだろうか。何をしてあげたいのだろうか。
もういなくなってしまった犬にできることはほとんどないのかもしれない。だが、もし、記憶の中に別の景色を創ることができるのなら。そうすることで、既にこの世には存在しない犬を再誕させることができるのなら。
残酷な出来事の中に犬を閉じ込めないために、私なりの理想を創り、記憶の中に生きる犬にプレゼントしたい。