We don’t talk much or nothing.

小林毅大

母親との関係性を一度ほぐし、別の仕方で結び直すことはできないだろうか。

会話はそもそも常に過剰だったり不足だったりする。そのため僕があなたに発する言葉はいつだってあなたを傷つけてしまう可能性がある。僕は人と会話をする時はいつも加害の恐怖を感じている。同時に、誰とも関係せず一人きりで生きていくことは不可能だということも事実だ。僕が生まれるということは僕が親と関係することによって初めて成立する。今となっては、僕は僕が母親から生まれたということに必然性を感じてしまうし、母親の側もそのように見える。しかし元をたどれば母親と僕の関係は偶然である。唯物論的に言えば出産は抽選機にかけられた当選くじのようなものであり、僕が生まれたということも確率の問題に還元することができる。僕と母親は長い時間を共有することによって、そのような危うい偶然を必然的なものに転化してきた。

僕はこういう時、つまり僕と母親の関係性は必然的であると思い込んでしまう時、会話がそもそも暴力の可能性を秘めているということを忘れて母親に対して言葉を発してしまうことをなんとか回避したい。僕は母親に対して、「あなたから生まれてきたくなかった」などとは絶対に言いたくない。

僕と母親が、僕たちの関係の偶然性へと戻るためには、ともに黙ることが必要だ。同じ場所にいて向かい合いながらもしかし黙ることが。僕と母はそこでそれぞれの時間を過ごしそれぞれ違うことを考えている。僕と母は絶対に越えられない隔たりがあるのを感じる。しかし僕と母はずっと一緒に暮らしてきた実家のリビングにいて、そこには様々な痕跡が残っている。そして二人の顔の作りや表情などに僕は、僕と母の間に何かしらの類似を見てしまう。

僕はここでようやく家族や親子という言葉を口にできる。限界まで遠ざかろうとしても強く揺り戻されてしまうようなものが明確にそこに存在することによって、僕は初めて家族と言える気がしている。